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太郎 「裸の王様」より--開高 健作品试翻译

2008-12-30 15:16阅读:
一 太郎 ――――「裸の王様」より      開高 健


瞎翻译,纯粹好玩

太郎好几天没有画画了。他没有理会那些喊叫着嘲笑自己形象的同伴的取闹,只是一个人静静地呆坐在画室,一幅无精打采的眼神环望四周。我每次过去看,他的画纸都是一片空白,颜料碟还是干干的,画笔也还是放在原来的地方排地整整齐齐。玩泥土的快感有时也可以舒缓僵硬的情绪,我试着拿出用于手指作画的涂料瓶,
“要是衣服脏了,妈妈会骂我的。”他那么说着皱起细细的眉头,怎么也不肯将手指伸入瓶中。我望着这具准时来画室然后顽固地呆坐一小时又回去的小小的背影,不得不感叹大田夫人的调教方式。
到现在为止,我有过好几次解开完全不去写画的孩子的僵硬情绪。我将某个少年和同伴一起带到公园。这个孩子在上幼儿园时就光在框画上涂颜色,和太郎一样,是那种不知道自己来画画的忧郁的郁金香派。我将塑料布铺开在地面,重新准备好颜料、纸、画笔之后,和他一起荡秋千。一开始,他有点畏缩害怕,但经过几次一上一下地来回荡秋千,他开始兴奋,终于在振动的最高峰时禁不住说话。
“爸爸,天空掉下来了!”
救了他的是那个呼喊声。玩了将近一个小时后,他画了。趁着肉体的记忆还没陈旧所画出来的画破坏了模本,充满着激动的行为。
虽然拔河、相扑也凑效,但光向肉体倾诉也不是个办法。孩子想出了不可思议的解脱法。在我的允许下,有个少女在墙壁上到处胡乱写着 “俊夫混蛋,俊夫混蛋。”的压迫者的名字,借此机会她终于拿起了画笔。有个年龄再大一点的高个子孩子,将欺负自己的狸猫的画涂得全是红色大松了一口气------狸猫是他兄长的绰号。
在太郎方面,令我困惑的是,可以说我完全不了解他生活的细节。在铸铁制的蔓藤花纹的栅栏所包围的美丽的宅院里,他是如何生活的?在那里发生什么事了?我完全捉摸不透。请了钢琴教师和家庭教师,大田夫人对他强制训练,而且这个作法相当严格地支配着他,虽然了解这个事实,但太郎自己是以何种感情来接受的呢?却一点也不给与我探入他内心心境的资料。他几乎不开口,不将感情透露于脸部,不像其他小孩那样会按所想的去简单判断而行动。因为拒绝用手指涂鸦作画,我接下来就是让他和同伴一起坐在我的周围听我讲童话,结果,即使
浮现聪明理解的表情,在他的内心似乎没有什么可点燃的东西。待我讲完童话,孩子们拿着颜料和纸分散在画室,剩下太郎一个人。我试着让他荡秋千,但失败了。当我摇动秋千時,他拼命地握紧绳索,没有笑也没有叫。当我把他放下时,这位优等生的小手全是湿漉漉的汗,如青蛙的肚皮一样冰冷。我对自己的无知和粗暴感到羞耻。他只感到恐怖。这样,我便清清楚楚地知道在他清洁的皮肤下有一块荒芜地,直到听见他那轻轻的,仿佛稍有一个闪失便会听不到的小声嘀咕,我都只是在其周围徘徊而不能完全靠近。
在二十人左右的画塾的学生当中,有一个特别的孩子。他有个奇怪的癖好,就是不管画什么画都要严格遵守数字,否则他就不能安心。就是从学校出去郊游,他也会记得有多少人参加有多少人休息,然后他在下次作画时,将其情景原原本本地再现。如果是五十三人就是五十三人的孩子在登山,这些都是他一一屈指数好画上去的。当人说:“这孩子在画郊游呢。”我必须准备好1米、2米的衔接画纸。
某日,他和兄长一起在小河边淘泥。到了第二天,他醉醺醺的来我这取纸。二十七只小龙虾嘎吱嘎吱的足音正在他饭团型的头脑中作响。
“哥哥,二十七只哦。小龙虾是二十七只哦。”
他一把夺过我手里的画纸,以自我陶醉的步伐走向画室的一角,随即蹲伏在地,一边抽嗒着鼻涕一边作起画来。他每画完一只小龙虾便长叹一口气,随即放下笔问附近的同伴这只小龙虾和其他的小龙虾有什么不同,高谈阔论起他在泥洞中拉出小龙虾时小龙虾是如何地胡蹦乱跳的。
“伸到泥中都淹到肩膀呢。”
他那么说着,又用铅笔尖从指甲里抠出残留的泥给大家看。同伴觉得很有趣,三人、五人集中到他周围,纷纷说出自己的意见和经验。画室的一角渐渐密集成群的孩子,引起大喧哗。
这时,独自一人玩弄着画笔的太郎突然站起。仔细一看,他正飞快地靠近同伴处,从人群背后窃视小龙虾的画。他那样看了一会,不久又好像失去兴趣,用着他那拘谨的步伐回到自己的地方。在他经过我身边时我无意中听到他的喃喃自语。
“用干鱿鱼就能钓到。。。。。。”
我感到这是一个小关键,放上孩子练习用的搅和好的水彩绘具。我走到太郎身边,一起盘起腿来坐在地上。
“喂,小龙虾可以用干鱿鱼钓到?是真的吗?”
我单刀直入切入话题。因为突然被人搭话,太郎胆怯而起。
我点了支烟,吸进一口。
“我曾用蚯蚓钓到过。用干鱿鱼钓小龙虾还第一次听说。”
我笑笑,太郎才如释重负,用笔尖轻轻敲打图画纸思虑片刻,不一会儿又抬起头,斩钉截铁地说道:
“就是干鱿鱼。蚯蚓也可以钓到的,要是用干鱿鱼,1个能钓上好几只小龙虾呢。”
“哦?不用一只只替换着钓啊?”
“嗯。”
“好神奇啊。”
我将香烟拿出口中。
“因为,干鱿鱼就是乌贼。乌贼是海里的鱼。也就是说,河里的鱼是吃海里的鱼的啊?”
说完后,我心想:完了。这个理由是个苦涩的潮水。贝壳又合上盖。我想重新来过,正要起身,太郎却在我之前开口了。
“小龙虾啊,是……”
他迫不及待地说。
“小龙虾啊,它喜欢干鱿鱼的味道。因为我以前在乡下就这么做。”
在太郎明亮的浅茶色瞳眸中,泛出他赫然了解此事的抗议性表情。我感觉听到插上钥匙发出的响声。
这真是新发现。大田夫人并没有告诉我太郎在乡下呆过。听说大田夫人是后妻,但我一直以为太郎是生长在城里的。的确荒芜地被柏油浇地变坚固,在很远处的黑暗中有草和水。我想从这里开始挖掘。只是,被隐瞒至现在的这个事实中哪里有秘密的气息。我有些不能想象现在的大田夫人曾在乡下呆过。我再次在地板上盘腿而坐,将话题致力集中于小龙虾上,与太郎聊了很多。
次日,我第一次做了差别对待。因为星期一是太郎没有家庭教师和钢琴练习的日子,我将他带到河滩。说另外的学生有事,关上画室,我在正午时访问了大田邸宅。我早就从他口中知道太郎与母亲去过九州,却什么也没和夫人说。太郎对小龙虾很热情,但在谈话中母亲只是做着给与自己干鱿鱼的角色,因为就当时的事情没有接触到更多的线索,我很忌惮问夫人太郎从前的事。当她听说想借由我来教导太郎写生,非常高兴。
“因为是独生子,(性格)畏缩忧虑,我真为难。再加上没有好的朋友,净是和隔壁的女孩玩。”
夫人一边说着一边为太郎准备颜料箱和写生簿。全都是大田氏的产品,专业画家用的豪华高档品。当天夫人穿着明亮的柠檬色毛线衣。沐浴着从面向草园的接待室里的宽畅玻璃门照射的春光,毫不吝啬地向我展示了她的身体在每次走动时轻柔的毛线下边闪烁出的年轻的体廓。
我在接待室里等候片刻,太郎从小学回来了。他进入房间发现我,吃惊地红起了脸,按照夫人说的,默默地将双背带书包换下背上颜料箱。在那点,他完全顺从。夫人建议开汽车,但我拒绝了。太郎穿着牛仔裤,崭新的运动鞋。
“会脏的。”
我在门口提醒,大田夫人很有礼貌地微笑了。
“和老师在一起就行了。”
语调委婉而完美,我却感到里面带有浓厚的轻率感。没有理由,但那个不协调感一直到河滩似乎快要消失却又没消失,异常顽固地纠缠着我。
将太郎带到车站,我乘上电车,在下一站下来,从那到堤防很快。为了赶上我的疾步,太郎一边嘎达嘎达鸣响着颜料箱一边碎步快跑在路上。星期一过晌的河滩,只是扫视一下,就充满着日光和芦苇和水。沿着对岸参差不齐的木桩,除了一艘小船在行驶外,一个人影也看不到。
小船一会前进一会停地慢慢地逆流行驶。在宽阔的天空和水中,一个男人一会抛起水栅,一会放下水栅,而他站在船中忙碌工作的身姿显得很小。我带着太郎下了堤防的草丛。
“那是在捕鱼哦。”
“……”
“在这样的大河里固定好鳗鱼和鲫鱼的通路。所以在前天晚上预先安上水栅,鱼会认为这里是个好巢而钻进来哟。”
在只留下桥墩的混凝土桥下,我和太郎坐下。桥自从在战争中被轰炸之后被拆毁了,在稍微远的地方新造了钢筋制的。被强烈的力量擦过的痕迹,现在只是留于河中的那个混凝土柱子了,炸弹洞被芦苇和藻覆盖,变成安静的水池。太郎坐下,从肩膀取下颜料箱,打开写生簿。我阻止他的手,闭上右眼给他看。
“现在玩。要不要抓螃蟹呀?”
“可是,妈妈……。”
我张开闭上的眼,又换闭上左眼笑了。
“你说画被老师带回去不就行了。”
“撒谎?”
太郎用老成的表情窥视我的脸,我沉默,站起身,走进芦草丛中。
我拨开芦苇走入,每走一步,成群的河蟹便一齐逃跑,还以为泥土是不是就那样流动的呢。我与太郎一起一边用脚踩压着,一边抓螃蟹。一开始,太郎不喜欢沾上泥土,但在当中,以他的鞋子沾上一点斑点为契机,他渐渐大胆地陷入到泥中。每次追赶螃蟹,他的手都扎向很厚地很暖和的泥中,指甲深入芦苇的根部。不久,他一个人一边发出小声,对着一开始在草木繁茂处所爬动的地方估量着,我见附近没有水坑,就返回了原来是炸弹洞的河畔边。
我正埋头于做芦笛,不久,太郎的手滴着水回来了。他一边悄悄走过来,站在我面前,脸色苍白,
“老师,鲤鱼……。”
说着喘息。
“怎样了?”
“是鲤鱼,老师。鲤鱼逃跑了。”
他用濡湿了的手拂去焦躁额头的头发,又蹑手蹑脚地返回池子。我跟在他后面,他在水边突然俯卧在泥上。我与他并排躺卧在芦苇根处,同样地窥视池中。在我手臂的旁边,太郎微薄的肩甲骨在摆动。他用温暖的呼吸吹进我的耳孔里。
“向那里跑了。“
他所指的地方有很厚的藻块。像丝柏树林那样从水底垂直而立。日光透入水中,树林的影子落在明亮的水底石砂的斜面。这个水坑的生命正好像在那个暗处。能看见各种各样的小鱼、幼虫、甲虫类拨开树林呈现在石砂的广场,(它们)在晒了会太阳后又返回林子里。
我与太郎一起屏住呼吸凝视水底的世界。水中有牧场、猎林和城馆,森林里充满了迹象。池里开始开花。水的上层出现了不知从哪来的桃花鱼幼鱼的编队,在林中,小鱼的腹象小刀一样地闪闪发光。如玻璃做的河虾在飞驰,虎鱼在石砂上画楔形文字。我觉得有阳光射在背上,丝丝轻柔的风儿掠过额头。
当我在思虑着池子的生命是不是基本上是到达顶点的瞬间,突然溅起水声,我看见一个穿过森林的影子。桃花鱼撤散了,龙虾消失了,石砂里冒起几处烟。森林里不停地摇动显示出影子主人的体重。从水面抬起濡湿的脸,太郎一边喘息一边嘀咕着。
“逃走了……”
他茫然地回头看我。他的头发发出藻和泥土的气味,眼里充满火热的昏乱。看着那个强烈的光芒,我想这个孩子的内脏比想象的还结实。空气里弥漫着甜甜的强烈汗味。
从去了河滩那天开始,太郎和我之间连接了一条小道。他一来到画室,便紧紧靠在我身上,一动不动地望着搅水彩颜料的我的手的动作。我因为贫穷,不能为孩子买高价的绘画材料。我知道市场卖的绘画材料和效果没有太大差别,我每天将阿拉伯橡胶、亚麻仁油和粉颜料掺合在一起制作成水彩颜料。有时候高年级的学生需求,我甚至用画布和油画颜料来制作。我伸出脚,坐在画室的地板上,让孩子围在周围,一边挥舞着搅颜料工具一边说话。太郎侧耳倾听我叙述的动物、昆虫、傻蛋、滑稽人的故事,觉得很有趣,抬起头偷偷地笑。在样子好看的鼻孔中发出轻轻的吸气的声音,透白的牙齿之间中露出的清洁的体温,我透过皮肤深深地体会着太郎的身体,和他多次聊着逃跑的鲤鱼的事。
“在水中,物体看上去比实际更大。因为,那个家伙真的很大。要不是那样,藻类不可能那么摇曳的。一定是那个池子的主人。”
“……”
太郎等我说完话,清澈的瞳眸中浮现出他出神的眼光。见此,我清清楚楚地感觉到一头巨大的鱼朝着森林慢慢横穿他的眼内。我一边说话一边摸索他眼中的明暗和浓淡,多次体味着那种交感瞬间。由此,我请他发出了通行证。画塾中来了二十人左右的孩子,每个人向我投来自己专用的言词,像,目光,表情。如果不通过解码,巧妙地区分,我是无法出游的。别人的东西绝对不允许通用。对于统治人偶王国的孩子,我必须时常听内阁的势力关系。这个孩子用着自己有的各种各样的人偶建立政府在玩着。
“现在是狸猫?”
“不是,是大象。”
“不倒翁引退了?”
“嗯,最近不怎么人气呢。从阶梯掉下来骨折了。”
“真可惜啊。”
每当木槌头出入画室时,我总觉得在那样互相寒暄之后能够完全地了解。
在给了我通行证后不久,我正在说话当中,太郎突然:
“老师,纸。”
反复好几次,我开玩笑道:
“哎,厕所?”
“讨厌啦,老师。是画画啦。”
听到那样的俏皮话,他从我这取了纸、笔、颜料碟。
太郎抱有一个新的核武器,但是要这个发射的力量顺畅的发出来要花很长时间。在他体内一定有着连我和他自己都所不明白的真面目、完全改变形态的没有价值的东西如海岸一样拍打着冲向岸边。他在与我说话时感觉到灵感而要求拿纸,但他一拿起笔,却又不知怎么办好而不知所措,这种事情屡屡发生。是让母亲手把手地教呢?还是看范本?还是重复画曾经看到过的人偶?只做过这些事的他,成为体内的形象的力量与空白画纸之间的一块受气夹板,他痛苦不堪。他将用笔乱划过的画纸拿过来,低声对我说。
“老师,来画画。喂,画最近的那条鲤鱼,喂……。”
他凑过身来,很有节制地收起独生子的傲慢性格发出撒娇声。我不吭声,他便对我的身体又是推,又是戳,忽地又转到我的后面捏我的背。但也不是将皮肤捏的很深,正是将效果计算在内,只是指甲和指甲之间如灼烧一样轻轻地刺痛我一下。我因那个刺痛而身子一抖,感觉到他正在喘息。我想,就快开始脱皮了。被仰制住的还是肿肿伤疤盖,就这么弄得遍体都是,他开始向我迫近。这样一来,我只有任其摆布,毫无办法。在于接二连三来画塾的各种各样症状的孩子交往过程中,我失去了画自己的画的动力。我发觉,我正将那些小小的活生生的肉体群当成画布。
在河滩上让太郎抓螃蟹是为了向他传达泥土。是为了打破那个束缚他的身体的厌俗的洁癖。他通过这个事情了解了地壳的厚度,柔软度,温暖性。下个星期他来到我这里,当我拿出颜料瓶,他完全忘记曾经害怕过的事,飞快地打开瓶盖深入手指,和还在上幼儿园的年龄较小的孩子们一起乱涂乱画,涂得一片通红。然后,他很害羞说道:
“是妖怪。”
“啊?……”
“妖怪在山中。”
他用指尖抨击画纸给我看。
片刻,他站在调完颜料的正在抽烟的我的面前。
“……?”
在我的目光促使下,他又悄悄的小声问我:
“喂。你知道妖怪去了哪里吗?”
一脸的严肃,语气如同听到有物体掉落一样。
“在山里吧?”
太郎扫兴地摇了摇头。
他从我手中取下纸,当他将笔插进广告画颜料的碟子里后,便急冲冲地在纸上踉踉跄跄地画着什么。画儿还是湿漉漉的没有成形,他说:
“妖怪变成小孩了。”
“哦?”
“妖怪变成小孩,乘上了公交车。”
“原来如此。”
“然后,死了。”
他那样说着,将一部分画儿涂满。
这天他只画了2张画便回去了。指押画是一幅完完全全的潦草图画,广告颜料画也是大部分没有成形的近似于乱画的作品,他却全都用了红色,这点引起了我的注意。画儿本身,还有他的叙述内容,都清清楚楚地显露出他比一般孩子在感情生活上都要经历很多年的事实,不过,我凭经验认为那个红色是愤怒的标志,而且是攻击和混乱的象征。太郎在与什么东西战斗。为什么妖怪变成小孩,出了山乘上公交车非死不可呢?
太郎没有朋友。他对同伴抱有压迫感。受母亲限制,他不能与粗野不纯洁的朋友交结,总是孤零零一人。他想用画来排除那个压力。因此小孩是妖怪,妖怪必须死。他是在用画报仇。似乎在这个小传说里有个出于假设性的暗示。恐怕是根源点了,那里没有错误。只是,我自己不能为那样轻快的合理化而满足。我在红色里感觉到太郎的肉体。他在抵抗环境,他的那个不知道什么时候什么方向用什么样的力量跑出去的肉体也渐渐恢复。对我以外的人来说只是一幅污迹的图画纸,但我很早就感觉到了那个裂开的伤口。血流干,象墙土一样黏附在白色的皮肤上。我在傍晚的画室里一边闻着孩子们所留下来的异臭,寻思着各种加深伤口的方法。

日文版
太郎は何日たっても絵をかこうとしなかった。自分のイメージに追われて叫んだり、笑ったりしている仲間の喧騒をよそにかれは一人ぽつんとアトリエの床に座り、もの憂げなまなざしで辺りをながめるばかりだった。いつ見に行ってもかれの紙は白く、絵の具皿は乾き、筆も初めに置かれた場所にきちんとそろえられたままだった。泥遊びの快感で硬直がほぐれることもあるので、試しにフィンガーペイントの瓶を差し出してみると、
「服が汚れるとママにしかられるよ。」
かれはそう言って細い眉をしかめ、どうしても指を瓶に突っ込もうとしなかった。きちんと時間どおりにやって来て一時間ほどしんぼう強く座っては帰って行くかれの小さな後姿を見ると、ぼくは大田夫人の調教ぶりに感嘆せずにはおれなかった。
まるで絵をかこうとしない子供のこわばりをぼくは今までに何度か解きほぐしたことがある。ぼくはある少年を仲間といっしょに公園に連れて行った。この子は幼稚園で塗り絵ばかりやっていたので、太郎と同じように自分でかくことを知らない、憂鬱(ゆううつ)なチューリップ派だった。ぼくは地面にビニール布を広げ、あらかじめ絵の具や紙や筆を用意してから、かれといっしょにブランコに乗った。初めのうち、かれはすくんでおびえていたが、何度も乗ったり降りたりしているうちに興奮し始め、ついに振動の絶頂(ぜっちょう)で口走ったのだ。
「お父ちゃん、空が落ちてくる!」
かれを救ったものはその叫びだった。一時間ほど遊んでからかれは絵をかいた。肉体の記憶が古びないうちにかかれた絵は鋳型(いがた)を破壊して激しい動きに満ちていた。
綱引きや相撲が効を奏したこともあるが、肉体に訴えるばかりが手段ではない。子供は思いもよらない脱出(だっしゅつ)法を考え出すものだ。「トシオノバカ、トシオノバカ。」と抑圧者の名をぼくの許すまま壁いっぱいに書きちらしてからやっと絵筆(えふで)を取るきっかけを作った少女もあった。もう少し年齢の高い子は自分をいじめるたぬきの絵を真っ赤に塗りつぶして息をついた。たぬきはかれの兄のあだ名であった。
太郎の場合に困らされたのは、ぼくがかれの生活の細部をまったくといっていいほど知らないことだった。鋳鉄製の唐草模様の柵で囲まれた美しい屋敷の中でかれがどういうふうに暮らしているのか、そこで何が起こっているのか、ぼくには見当のつけようがなかった。ピアノ教師や家庭教師をつけて大田夫人がかれに訓練を強制し、また、作法についてもかなり厳しくかれを支配しているらしい事実はわかっても、太郎自信がどんな感情でそれを受けとっているのか、内心のその機制をのぞき込む資料をぼくは何一つとして与えられていなかった。かれはほとんど無口で感情を顔に出さず、ほかの子供のようにイメージを行動に短絡することがないのである。フィンガーペイントがしりぞけられたので、ぼくは次にかれを仲間といっしょにぼくの周りに座らせて童話を話して聞かせたが、その結果、聡明な理解の表情は浮かんでも、かれの内部で発火するものは何もないようだった。話が終わると子供たちは絵の具と紙を持ってアトリエのあちらこちらにちらばり、太郎は一人取り残された。ブランコに乗せることもやってみたが、失敗だった。かれはぼくがこぎ始めると必死になってロープにしがみつき、笑いも叫びもしなかった。下ろしてやると、この優等生の小さな手はぐっしょり汗ばんで、かえるの腹のように冷たかった。ぼくは自分の不明と粗暴を恥じた。かれは恐怖しか感じなかったのだ。これでかれの清潔な皮膚の下に荒蕪地があることはありありとわかったが、うっかりすると聞き漏らしてしまいそうな、小さなつぶやきを耳にするまでは、ぼくはただその周辺をうろうろ歩き回るばかりで、まったく手の下しようがなかった。
二十人ほどの画塾の生徒の中に、一人変わった子がいた。かれには奇妙な癖があり、何をかいてもきっちり数字を守らねば気がすまなかった。学校から遠足に行くと、何人参加して何人休んだかということを覚えておいて、次に絵をかくとき、それをそのまま再現するのである。五十三人なら五十三人の子供が山を登るところをかれは一人ずつ指折り数えてかき込むものだから、この子が遠足をかくんだと言いだすと、ぼくは一メートルも二メートルも継ぎ足した紙を用意してやらねばならない。
ある日、かれは兄といっしょに小川でかい掘りをした。そして、その翌日、酔ったままぼくの所へ紙をもらいに来たのである。おむすび型をしたかれの頭の中では二十七匹のえびがにが足音たててひしめいていた。
「お兄ちゃん、二十七匹だぜ。えびがにが二十七匹だぜ!」
かれはぼくから紙をひったくると、うっとりした足どりでアトリエのすみへもどって行き、床にしゃがみ込むと、鼻をすすりながら絵をかきだした。かれは一匹かき上げるたびにため息ついて筆を置き、近所の仲間にそのえびがにがほかの一匹とどんなに違っていたか、どんなに泥穴の底から引っぱり出すとおかしげに跳ね回ったかと雄弁をふるった。
「……なにしろ肩まで泥ん中につかったもんなあ。」
かれはそう言って、まだ爪に残っている川泥を鉛筆の先でせせり出して見せた。仲間はおもしろがって三人、五人とかれの周りに集まり、口々に自分の意見や経験をしゃべった。アトリエのすみはだんだん黒山だかりに子供が集まり、騒ぎが大きくなった。
すると、それまで一人ぼっちで絵筆をなぶっていた太郎がひょいと立ち上がったのである。見ているとかれはすたすた仲間の所へ近づき、人だかりの後ろから背伸びしてえびがにの絵をのぞき込んだ。しばらくそうやってかれは絵を見ていたが、やがて興味を失ったらしく、いつもの遠慮深げな足どりで自分の場所へもどって行った。ぼくのそばを通りながらなにげなくかれのつぶやくのが耳に入った。
「するめで釣ればいいのに……。」
ぼくは小さな鍵を感じて、子供のために練っていたグヮッシュの瓶を置いた。ぼくは太郎の所へ行き、いっしょにあぐらをかいて床に座った。
「ねえ。えびがにはするめで釣れるって、ほんとかい?」
ぼくは単刀直入に切り込んだ。不意に話しかけられたので太郎はおびえたように体を起こした。
ぼくはたばこに火をつけて、一息吸った。
「ぼくはどばみみずで釣ったことがあるけれど、するめでえびがにというのは聞き初めだよ。」
ぼくが笑うと太郎は安心したように肩を落とし、筆の穂で画用紙を軽くたたきながらしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると、きっぱりした口調で、
「するめだよ。みみずもいいけれど、するめなら一本で何匹も釣れる。」
「えへ。いちいち取り替えなくっていいんだね?」
「うん。」
「妙だなあ。」
ぼくはたばこを口から放した。
「だって君、するめはいかだろう。いかは海の魚だね。すると、つまり、川の魚が海の魚を食うんだね?
……」
言ってから、しまったとぼくは思った。この理屈はにがい潮だ。貝はふたを閉じてしまう。やり直しだと思って体を起こしかけると、それよりさきに太郎が言った。
「えびがにはね。」
かれはせき込んで早口に言った。
「えびがにはね、するめのにおいが好きなんだよ。だって、ぼく、もうせんに田舎でそうやってたんだもの。」
太郎の明るい薄茶色の瞳には、はっきりそれとわかる抗議の表情があった。ぼくは鍵がはまってかちんと音をたてるのを聞いたような気がした。
これは新発見であった。大田夫人からもぼくは太郎が田舎にいたことがあるなどとはひと言も教えられていなかった。大田夫人が後妻だということを聞いても、ずっとぼくは太郎が都会育ちだと思い込んでいたのだ。確かに荒蕪地はアスファルトで固められているが、ずっと遠いくらがりには草と水があったのだ。ここから掘り起こしていこうとぼくは思った。ただ、今まで伏せられていたこの事実にはどこか秘密のにおいがあった。今の大田夫人が田舎にいたとはちょっと考えられないことだった。ぼくは床にあぐらを組み直すと、もっぱら話題をえびがにに集中して太郎といろいろ話し合った。
その翌日、ぼくははじめて差別待遇をした。月曜日は太郎は家庭教師もピアノ練習もない日だったので、ぼくはかれをつれて川原へ出かけたのだ。ほかの生徒には用事があると言ってアトリエを閉じると、ぼくは正午過ぎに大田邸を尋ねた。すでにぼくは太郎が母親といっしょに九州にいたことがあるのをかれの口から知っていたが、夫人には何も言わなかった。太郎はえびがにについては熱心だったが、話の中で母親にはするめを自分にくれる役を与えただけで、当時のことについてそれ以上はあまり触れたがらない様子だったので、ぼくは夫人に太郎の昔を尋ねることをはばかったのだ。彼女はぼくから太郎を写生に借りたいと聞かされて、たいへん喜んだ。
「なにしろ一人っ子なもんでございますから引っ込み思案で困りますの。おまけにお友達にいいかたがいらっしゃらなくて、お隣の娘さんとばかり遊んでおります。」
夫人はそんなことを言いながら太郎のために絵の具箱やスケッチブックを用意した。いずれも大田氏の製品で、専門家用の豪奢なものだった。その日は夫人は明るいレモン色のカーディガンを着ていた。芝生の庭に面した応接室の広いガラス扉からさす春の日光を浴びて、彼女の体は歩き回るたびに軽い毛糸の下で明滅する若い線を惜しむことなくぼくに見せた。
しばらく応接室で待っていると太郎が小学校から帰って来た。かれは部屋に入って来てぼくを発見すると、驚いたように顔を赤らめたが、夫人に言われるまま、黙ってランドセルを絵の具箱に替えて背に掛けた。そんな点、かれはまったく従順であった。夫人は自動車を申し出たが、ぼくは断った。太郎はデニムのズボンをつけ、ま新しい運動靴をはいた。
「汚れますよ。」
ぼくが玄関で注意すると、大田夫人はいんぎんに微笑した。
「先生といっしょならけっこうでございます。」
口調はていねいでそつがないが、ぼくはその裏に何かひどく投げやりなものを感じさせられた。いわれのないことであったが、その違和感は川原に着くまで消えそうで消えず、妙にしぶとくぼくに付きまとってきた。
太郎を連れて駅に行くと、ぼくは電車に乗り、次の駅で降りた、そこから堤防まではすぐである。ぼくの急ぎ足に追いつこうとして太郎は絵の具箱をかたかた鳴らしつつ小走りに道を走った。月曜日の昼下がりの川原は見渡すかぎり日光と葦と水に満ちていた。対岸の乱杭に沿って一隻の小船が動いているほかには一人の人影も見られなかった。小船は進んだり、止まったりしながらゆっくり川をさかのぼっていた。広い空と水の中で一人の男がしがらみを上げたり、下ろしたり、忙しく船の中で立ち働く姿が小さく見えた。ぼくは太郎を連れて堤防の草むらを下りて行った。
「あれは魚をとってるんだよ。」
「……」
「こんな大きな川でもうなぎや鮒の通る道はちゃんと決まっているんだ。だからああして前の晩にしがらみをつけておくと、魚はこりゃいい巣があると思ってもぐり込むんだよ。」
橋脚だけ残されたコンクリート橋の下でぼくと太郎は腰を下ろした。橋は戦争中に爆撃されてから取り壊され、少し離れたところに鉄筋のものが新設された。強烈な力の擦過した痕跡は、今は川の中に残されたコンクリート柱だけで、爆弾穴は葦と藻に覆われた、静かな池に変わっていた。太郎は腰を下ろすと、絵の具箱を肩から外し、スケッチブックを開けようとした。ぼくはその手をとどめて、右の目をつぶってみせた。
「今は遊ぼうや。かにでも取ろうじゃないか。」
「だって、ママが……。」
ぼくはつぶった目をあけ、代わりに左の目をつぶって笑った。
「絵は先生が持って帰ったって言えばいいよ。」
「うそをつくんだね?」
太郎はませた表情でぼくの顔をのぞき込んだ、ぼくは黙って立ち上がると葦の茂みの中へ入って行った。
葦をかき分けて歩くと、ひと足ごとに、泥がそのまま流れるのではないかと思うほどおびただしい数の川がにがいっせいに走った。ぼくは太郎といっしょにかれらを足でつぶしたり、つかまえたりした。初めのうち太郎は泥がつくことをいやがっていたが、そのうち靴にしみが一点ついたのをきっかけに、だんだん大胆に泥の中へ踏み込むようになった。かにを追うたびにかれの手は厚く暖かい泥に突きささり、爪は葦の根にくい込んだ。やがてかれが一人で小さな声をあげつつ茂みの中をはい回り始めたところを見計らって、ぼくは辺りに水たまりがないことを見届け、もとの爆弾穴のほとりへもどった。
ぼくが葦笛を作ることに没頭していると、しばらくして太郎が手から水を滴らせてもどって来た。かれは足音をしのばせつつやって来ると、ぼくの前に立ち、青ざめて、
「先生、鯉……。」
そう言ったままあえいだ。
「どうしたんだい?」
「鯉だよ、先生。鯉が逃げたの。」
かれはぬれた手でいらだたしげに額の髪を払い、抜き足差し足で池にもどって行った。その後について行くと、かれは水辺でいきなり泥の上に腹ばいになった。ぼくはかれと並んで葦の根もとに寝そべり、同じように池の中をのぞき込んだ。ぼくの腕の横で太郎の薄い肩甲骨が動いた。かれは暖かい息をぼくの耳の穴に吹き込んだ。
「あそこへ逃げたんだよ。」
かれの指した所には厚い藻の塊があった。それは糸杉の森のように水底から垂直に立っていた。日光が水に透き通り、森の影は明るい水底の砂の斜面に落ちていた。確かにこの水たまりの生命はその暗所にあるらしかった。さまざまな小魚や幼虫や甲虫類が森をかき分けて砂地の広場に現れると、しばらく日なたぼっこして、また森の奥へもどって行くのが見えた。
ぼくは太郎といっしょに息を殺して水底の世界を見つめた。水の中には牧場や猟林や城館があり、森は気配に満ちていた。池は開花を始めたところだった。水の上層にはどこからともなくはやの稚魚の編隊が現れ、森の中では小魚の腹がナイフのようにひらめいた。ガラス細工のような川えびが飛び、砂の上でははぜが楔形文字を描いた。ぼくは背に日光を感じ、柔らかい風の縞を額に覚えた。
池の生命がほぼ頂点に達したかと思われた瞬間、不意に水音が起こって、ぼくは森に走り込む影を見た。はやは散り、えびは消え、砂地には幾つもの煙が立った。影の主の体重を示して森の動揺はしばらくやまなかった。ぬれしょびれた顔を水面から上げて、太郎はあえぎあえぎつぶやいた。
「逃げちゃった……。」
茫然としてかれはぼくを振り返った。かれの髪は藻と泥のにおいをたて、目には熱い混乱がみなぎっていた。その強い輝きを見て、案外この子は内臓がじょうぶなのではないかとぼくは思った。空気には甘く強い汗の香りがあった。
川原へ行った日から太郎とぼくとの間には細い道がついた。かれはアトリエにやって来ると、ぼくにぴったり体を寄せたて、グヮッシュを練るぼくの手もとをじっとながめた。ぼくは貧しいので子供に高価な画材を買ってやれない。市販のものと効果に大差のないことがわかってから、毎日ぼくはアラビアーゴムと亜麻仁油と粉絵の具を練り合わせてグヮッシュを作る。ときに高学年の生徒が希望すると、カンバスや油絵の具までこしらえてやることもある。ぼくはアトリエの床に足を投げ出して座り、周りに子供を集めて、へらを動かしながら話をしてやるのである。太郎はぼくのしゃべる動物や昆虫やばかやひょうきん者の話に耳を傾け、よほどおもしろいと顔を上げて、そっと笑った。形のよい鼻孔の中で鳴る小さな息の音や、先の透明な白い歯の間から漏れる清潔な体温など、太郎の体を皮膚にひしひしと感じながら、ぼくはかれと何度も逃げた鯉のことを話し合った。
「水の中ではね、物は実際より大きく見えるんだよ。だけど、あいつはほんとに大きかったんだ。そうでなきゃ、藻があんなに揺れるはずがないもんな。きっとあれはあの池の主だったんだよ。」
「……」
太郎はぼくの話が終わると、澄んだ目にうっとりした光を浮かべた。それを見てぼくは巨大な魚が森に向かってかれの目の内側をゆっくり横切って行くのをありありと感じた。ぼくは話をしながらかれの目の中の明暗や濃淡を探って、何度もそうした交感の瞬間を味わった。そうやってぼくはかれから旅券を発行してもらったのだ。画塾には二十人ほどの子供がやってくるが、その一人一人がぼくに向かって自分専用のことば、像、まなざし、表情を送ってよこす。その暗号を解して、巧みに使い分けなければぼくは旅行できないのだ。他人のものは絶対通用を許してもらえないのだ。人形の王国を支配している子には、ぼくはときどき内閣の勢力関係を聞いてやらねばならない。この子は自分の持っているさまざまな人形で政府を作って遊んでいるのである。
「今はたぬきかい?」
「いや、象だよ。」
「だるまは引退したの?」
「うん、ここんとこちょっと人気がないね。あれは段階から落ちて骨が折れたんだよ。」
「惜しいやつなんだがね。」
さいづち頭がアトリエに出入りするとき、なんとなくぼくはそんなあいさつを交わし合って完全な了解を感じている。
旅券をくれてからまもなく、太郎はぼくの話の間に、突然、
「先生、紙。」
と言いだすようになった。それが度重なって、ぼくが、
「おや、また便所?」
とからかうと、
「やだな、先生ったら。絵をかくんだよ。」
そんな軽口をきいてかれはぼくから紙や筆や絵の具皿を取って行くようになった。
太郎は新しい核を抱いたのだが、その放射する力がスムーズに流れ出すためには時間がかかった。かれの内部にはぼくにもかれ自身にも正体のわからない、すっかり形の変わってしまったがらくたが海岸のように打ち上げられているはずであった。かれはぼくと話をしているうちに胎動を覚えて紙を要求したが、いざ絵筆を取ってみると、どうしてよいのかわからなくなって立ち往生することがしばしばあった。母親に手を取ってもらうか、手本を見るか、いつか覚えた人形を繰り返すか。こんなことしかやったことのないかれは体内のイメージの力と白紙の板ばさみになって苦しんだ。かれは筆でむちゃくちゃに殴った紙を持って来て、ぼくにささやくのだった。
「先生、かいてよ。ねえ、こないだの鯉だよ、ねえ……。」
かれは体をすり寄せ、控え目ながらも一人息子の傲慢さを隠した甘え声を出した。黙っていると、ぼくの体を押したり、突いたり、ひょっとすると後ろに回って背をつねったりする。それも皮膚を厚くつままず、ほんとに効果を計算して爪と爪だけで焼くようにちりっとやるのである。その痛さに身震いしながら、ぼくはかれがあえいでいるのを感じた。また、いよいよ脱皮しかけたなとも思った。抑圧の腫物のかさぶたを全身につけたままかれはぼくに向かって迫ってき始めたのだ。こうなると食われてしまうよりほかに道がない。次から次へ画塾にやって来るさまざまな症状の子供とつきあっているうちにぼくは自分の絵をかく動機を失ってしまったのだ。気がつくとぼくは小さな、生きた肉体の群れをカンバスと感ずるようになっていた。
川原で太郎にかにを取らせたのは泥を知らせるためであった。かれの体を縛る、鼻持ちならない潔癖をたたき壊すためであった。このことでかれは地殻の厚さや、柔らかさや、温かさを知ったのだ。次の日曜にやって来たかれにフィンガーペイントの瓶を差し出すと、かれは以前におびえたことをすっかり忘れ、さっさとふたを開けて指を突っ込むと、幼稚園へ行ってるずっと小さな子供たちといっしょになって紙を真っ赤に塗りたくった。そして、いくらかてれくさげに言ったのである。
「お化けだよ。」
「はあ?……」
「お化けが山ん中にいるんだよ。」
かれは指の先で紙をたたいてみせた。
しばらくしてかれは、グヮッシュを練り終わってたばこをふかしているぼくの前に立った。
「……?」
目で促すと、かれはそっと小声で尋ねた。
「ねえ。お化け、どこへ行ったか知ってる?」
真顔で、まるで落とし物でも聞くような口ぶりである。
「山だろう?」
太郎は不興げに頭を振った。
かれはぼくの手から紙を取り、筆をポスターカラーの絵の具皿に突っ込むと、もどかしげによたよたと何かかき上げた。まだぬれたままになっている非定型を見せてかれは言うのであった。
「お化けが子供になったんだよ。」
「ほう。」
「子供になってね、バスに乗ったんだ。」
「なるほど。」
「そいで、死んじゃった。」
かれはそう言って絵の一部を塗りつぶした。
この日は二枚だけかいてかれは帰って行った。フィンガーペイントの分は完全ななぐりがき、ポスターカラーの分もほとんど形を持たぬ乱画に近いものであったが、いずれも赤を使った点でぼくの注意を引いた。絵そのものにも、またかれの叙述内容にも、普通の子供よりかれが感情生活で数年後れている事実はまざまざと露呈されているが、経験によってぼくはその赤を怒りのサイン、そして攻撃と混乱の表徴と考えた。太郎は何物かと戦ったのだ。なぜお化けは子供になって山から出てバスに乗って死なねばならなかったのか。
太郎には友人がいない。かれは仲間に対して圧迫感を抱いている。母親に禁じられてかれは粗野で不潔な仲間と交わることができず、いつも一人ぼっちでいる。その圧力をかれは絵で排除しようとしたのだ。だから子供はお化けであり、お化けは死なねばならなかった。かれは絵であだ討ちしたのだ。この小伝説にはそんな仮説のための暗示があるようだ。おそらく根本的な点でそこに誤りはないだろう。ただ、ぼく自身はそういう軽快な合理化だけで満足できないのだ。ぼくは赤に太郎の肉体を感じたのだ。環境に抵抗して、いつどの方向へどんな力で走り出すかわからない肉体を、いよいよかれも回復したのだ。ぼく以外の人間にとってはしみでしかない画用紙を前にぼくはぽっかりと開いた傷口を感じた。血は乾いて、壁土のように、白い皮膚にこびりついていた。ぼくは夕方のアトリエで子供たちの残していった異臭をかぎつつ、さらに傷口を深める方法をあれこれと考えた。




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